踊る阿呆にみる阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃソンソン。

ほっとひと息
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阿波踊りで使われている歌?に

こういう文がありますよね。

昔は単純にただ見ているだけよりも

踊ったほうが何倍も楽しいよ

くらいにしか思っていませんでした。


最近になって糸井重里さんの著書

「ボールのようなことば。」

を読みました。その中に


「踊る阿呆」よりも「見る阿呆」のほうが、ずっと数は多いようです。そして、見ている側には阿呆と言われるような理由もないので、「見る利口」のようになっていきます。そう、つまり「踊る阿呆に、見る利口」です。何か言いだして「笑われる阿呆」よりも、言い出した誰かのことを「つっこむ利口」のほうが、何百倍もたくさんいるような気がします。


踊りもせずに見ているだけのひとが

踊り方が変だと言ってつっこむ

自分はなにもしていないのに

なにか失敗をしたらすかさず

「だからいつもいってるんだ」

普段、別に関わってくれてる訳でも

ないひとがここぞとばかりに責めてくる。

まるで重箱の隅をつついてくるような。


ミスに限らず、挑戦して失敗すること

積極的に意見を言って的外れだったひと

それを見て笑ったり、怒ったり、呆れたり


「こいつ挑戦するなんてすげえな」

「誰も意見言えなかったのにやるな」

にはなれていないんですね。


自分はなにもしないばかりか

「ほらみろだからやんないほうがいいんだ」

「ははっ、恥ずかしい何言ってんだ」

漫画やドラマでよく見る主人公を馬鹿にする

その他大勢。あれ見て嫌な奴だと思うのに

現実ではそういう人のほうが大多数なんですね。


阿波踊りに限らず、祭り、イベントでは

踊っている人より見ている人のほうが

圧倒的に多い。見ている利口ならいいとしても

踊る阿呆を馬鹿に、悪く、呆れることは

ちょっと恥ずかしくなるような気がしませんか。

ではまた。


ちなみに


パピーはよさこいソーランとかで踊っているのを

見て「何が楽しいんだろう」と呆れていました。

お恥ずかしい。踊る場にも簡単には立てないのに

やりもしない、できもしないやつが

勝手に呆れていましたよ。まさに見る阿呆。


関連記事>>>恥ずかしがりのパピー。大勢の前では緊張で心臓がバクバク。昔は違ったのになぁ。


本日の晩ご飯。



  • 本日のメニュー
  • 主菜  オムライス
  • 副菜  ほうれん草とネギいり稲庭うどん


本日はお昼食べ過ぎで晩ご飯は簡単に。

ケチャップで何かいてるかって?

どーみてもカレーパンマンでしょう

もちろん娘は分かりましたよ。今回は。


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